<GE 最高指導者 原子力発電所の将来性を否定 >

GEはあのエジソンが創業者でもある米国最古の上場会社ですが、先代のCEOであるジャック ウェルチ時代に脱電機を進め、金融を含めたコングロマリット化により、大きく業績を伸ばしました。

 

その後、ジャック ウェルチが指名し、就任したジェフ イメルトが長くCEOをつとめています。

GEは 1950 年代に原子力発電に参入し、現在日立とは提携関係にあり、コングロマリット化の中でも、中核を占める事業となっていました。


この点で、世界の原発推進企業すなわち原発ムラのトップに位置付けられる企業といっても過言ではありません。ちなみに福島第1原発は 1 号機から 6 号機まで、すべてGEのものをベースに原子炉が創設されています。

 

さて、先日このGEが発信元となり、日本のエネルギー問題に詳しい保守派の政治家の間においても少なからぬ衝撃を与えるニュースが走りました。

 

その衝撃を走らせた記事が以下のロイター電です。

 当会としては、まずその大意を掲載したいと思います。 

 

原文記事はこちら

http://www.reuters.com/article/2012/07/30/us-energy-power-nuclear-shale-idUSBRE86T0AX20120730

 

< GE によれば、原子力が天然ガスに対して、コスト的に対抗できることは難しくなっている。>

7 月 30 日 GE の CEO であるジェフ イメルトは、フィナンシャルタイムズ紙に対して、「原子力はシェルガス革命が作り出している資源活用の新たな選択材料としての天然ガスの豊富な埋蔵量に対して対抗できないと思う」と述べた。

 北米におけるここ 5 年間のシェルガス生産の急増は、天然ガスの 10 年来の低価格化をもたらし、そして、米国自体を天然ガスの輸出国にしたものである。  

過去 2 年間の欧州やアフリカでの内陸ガス田の発見、ロシアと中央アジアの埋蔵量の拡大、オーストラリアにおける生産量の増加は、世界中で天然ガスがとても豊富にあるということを意味する。

同時に 2011 年 3 月の津波と地震によって、原子力発電は福島の事故が生じ、その利用に関しての疑問がドイツやスイスの原子力発電所からの撤退をもたらしている。 ジェフ イメルトは「次々と天然ガスが発見されており、天然ガスは安価になり、原子力がこれに対抗することはむずかしいだろう。経済のそれがルールだ」と語った。

 同社は、世界の発電所の建設業界リーダーの 1 社だ。日本の日立とも組んでおり、原子力発電所を手がけている。イメルトに言わせれば「いまや風力と天然ガスの時代になっ た。しかし今後、大部分の国で天然ガスへのシフトが進むだろう。なぜならば価格が半永久的に安いからだ。」と言う。

合成価格により値段を下げられ、そして政府による助成金を与えられた、太陽光発電と風力発電は、電気購入の利潤が大きい時間帯(通常 800 時間から 2,000 時間のもの)においても競争力を持っている。

 イメルトは、「当社はあらゆる発電所に対応できるし、そのような場合の製品シフトのコストは会社全体から見ると限定的なものだ。」と言っている。さらに「すべての発電設備に対応できるGEにとって、時代の風潮なんてものは関係ないことだ」と語った。

 

  <この記事の意味とそれがもたらすもの>  

 

前述したとおり、GEは、東芝が購入した米国のウェスチングハウス社、仏のアレバ社と並ぶ世界の3大原子力発電推進企業です。従前は、これにさらに独のジーメンス社を加えて4大原子力発電推進企業と呼ばれたわけでした。しかしながら、ジーメンス社は昨年の福島第1原発事故の発生を受けて、原子力発電事業からの企業としての全面的撤退を明らかにしています。

 

当会の83 日付トピックス欄でご紹介しておりますように、もともと世界の原子力発電所の建設コストの潮流は、ダメージコントロールに対する対応設備の増設(安全設備の増設)に伴い、建設コストが天文学的にはねあがっており、これを日本政府も電力会社も国民には、知らせず、現状の50基以上の原子力発電設備の創設をこういった設備の装備を抜きにして推進してきていたものでした。

 

仮に、311日以前の段階であっても、この国際的に求められる安全設備を装備すれば、

到底日本国内での原子力発電設備の増設などは、コスト的には見合わず、徹退を余儀なくされていたといえましょう。

 

8月1日付トピックス欄の繰り返しになりますが、それをさせないために日本政府と電力会社は安全設備の設置を「想定外」のものへの対応と無理やり位置付け、その設置を行わず、コストを引き下げ、この結果が現在の福島の惨状を招いたわけです。

 

本年2月に米国のジョージア州のボーグル原子力発電所の新設がスリーマイル島事故以来はじめて米国で認可されます。ちなみにこの発電所の受注会社は、ウェスチングハウス社です。同発電所では、この安全設備への対応で、当初予算より、現在の時点で1,000億円以上の予算の加算が必至となっており、このまま建設が進むのかどうかの疑問符が現地では付き出している状況にあります。

 

実は、掲載したロイター電はフィナンシャルタイムズ紙の記事の抜粋であり、この原子力発電所のコスト問題に対しては、実際の同紙の記事では、より辛らつな証言をイメルトはしています。以下日本語に訳して引用します。

 

「昨年の福島の事故以来、合理性のあるより厳格化された安全設備の設置が原子力発電所の建設コストの増加をもたらしている。原子力発電のライバルとなる発電方法は、予想以上にコストを削減できている。天然ガス発電においては、シェルガスにより、一層の低コスト化がなされており、太陽光発電においては、新技術によりソラーパネルのコスト削減が進んでいる。」

 

日本の一部マスコミで言われているような、代替エネルギーのコスト高などという問題は、この証言で明らかなとおり、世界的には全く存在していないのです。

 

シェルガスとは従来の方法では、採取不能であった岩内の天然ガスを採取し、エネルギー化するものでありますが、米国は現在国策としてこの輸出に取り組みだしており、日本に対する一大輸出基地を西海岸のオレゴン州に創設しようとしています。オレゴン州の上院議員であるロバート・ワイデン氏が福島第1原発の安全保安問題に対して、極めて積極的な理由の背景には、こういった次のエネルギー権益のシェアとの関係と決して無関係ではないと当会は考えています。

 

現在、世界の原子力ムラが最大の今後のマーケットとにらむのが、中国とインドでありますが、両国への売込みを成功させるためには、先進国型の安全設備を施した高コストの原子力発電所では、到底競争力がないわけであり、まさに日本型の安全設備を施さない低コストの原子力発電所でなくては売り込みは成功しないものといえます。

 

これこそが、日本政府が国際的な安全基準すら満たしていないにもかかわらず、大飯の再稼動に躍起になる理由といえましょう。いまや世界の3大原子力発電推進企業は、GE,アレバ社そして東芝が購入した米国のウェスチングハウス社です。今回の大飯の再稼動の利害関係的に見た背景は、この構図を示すことにより明らかになるのではないでしょうか。

 

フィナンシャルタイムズ紙に掲載されたイメルトのインタビュー記事は、ただでさえコスト高であった原子力発電所の建設が、福島の事故により臨界点を超え、代替エネルギーとの関係においても、到底太刀打ちできなくなってしまったことを公式に認めるものといえましょう。

 

これが日本のエネルギー問題に詳しい保守派の政治家の間においても少なからぬ衝撃を与えるニュースとなった由縁といえます。ある保守派の政治家は当会に対して「もはや日本においても、計画中を含め新規の原子力発電所の創設は無理であり、現状の原子力発電所を安全保障上の問題も含め、どの程度残すのか、その選択の問題になってきている。」と語っています。

 

 イメルトはフィナンシャルタイムズ紙の記事の中で次のようにも語っています。「原子力発電はとてもコストの高いものとなっているが、福島の事故を受け、福島の事故に対応できる安全設備を施したうえで、そのコストを削減する取り組みをしなければならない。これはまさに原子力ルネッサンスといえるのかもしれない。」

 

国際的な原子力ムラのトップに君臨するといってよい、イメルトがこのように語ったことは、もはや国際的にも通用する安全設備の設置抜きにして原子力発電所の建設は、少なくともGEは控えるということを表す意思表示といえましょう。


資本主義とは、ある意味まことに冷淡であり、コスト的に見合わなくなったものは、マーケットから駆逐される運命にあります。今回の福島第1原発の事故は、従来隠されてきていた、原子力発電所のコスト、すなわち、国際的水準の安全装備へのコスト、使用済燃料の保管コスト、原子炉、使用済燃料の廃棄コストという3大コストの存在を全世界的にも明確にさせてしまったという結果となりました。

 

本掲載記事のように国際的水準の安全装備へのコストだけでも、原子力発電には他の発電方法に比較して、競争力が劣化しているわけであり、だとすれば、もはや原子力発電がマーケットから退場するのは、時間の問題といえるのでしょう。日本政府が現在行っている原子力発電所の再稼働は、資本主義的に見ても歴史に竿をさすだけの愚行に終わることは明白でしょう。


ただ、この場合、中谷巌氏も主張するように安全保障上の存在意義を考慮する考えもあるわけであり、この点を国民がどのように考えるのかが、今後の原子力発電政策における議論の一つのテーマになるのではないかと当会では考えています。

(平成24年8月7日事務局記)