日本最初の宇宙飛行士、ジャーナリストが語る福島、脱原発、マスメディア

(日本最初の宇宙飛行士兼ジャーナリスト)

秋山豊寛氏の名前を憶えておいでだろうか。1990年にTBS職員としての在勤中に当時のソ連のソユーズ宇宙船で日本人初の宇宙飛行士として宇宙に飛び立ったジャーナリストである。彼は、その後TBSを退職し、福島県で農業を営んでいたが、2011年3月11日の東日本大震災とそれに続く福島第1原発事故により、福島での農業を諦め、現在は京都造形芸術大学の教授の職にいる。

 

(福島、脱原発、マスメディア)

同氏は、折に触れて原子力発電所や放射能に関する意見を原発難民の立場から近時披露しているのだが、先般8月3日付の「Japan Times」に長文のインタビュー記事が掲載された。

 

http://www.japantimes.co.jp/life/2013/08/03/people/cautionary-tales-from-one-not-afraid-to-risk-all/#.Ugov6RGCjIV

 

中でも福島第1原発事故、脱原発運動、マスメディアへの考えについては、元TBSの職員という立場で、日本のマスメディアを信じることへの国民への警鐘記事となっている。これらの発言は、日本のマスメディア内では、絶対に取り上げてもらえないだろうという内容が盛り込まれているが、時代の真実を知悉するためには、是非多くの人に読んでいただくべきと当会としては考え、以下インタビュー中の該当部分を抜き出し意訳してみた。

 

 

<何物も恐れることのない者からの警告(秋山豊寛氏インタビュー)>

 

(前略)

 

インタビュアー:それから、2011年の地震が来て、福島第1原発がメルトダウンした時のことですが、私は後に出版された秋山さんの日記を読みました。日記を読んで驚いたことは、秋山さんが、そのアクシデントに素早く反応したということです。秋山さんは、知人から電話で集めたいくつかの情報に基づいて、地震の翌日には福島の自宅を離れたわけです。いつ政府が、情報を隠しているということがわかったんですか?

 

秋山氏:簡単なことですよ。私は、(ジャーナリストとして)1986年のチェルノブイリの事故の5年後にその件のレポートをしていますし、(1979年の)スリーマイル島の事故の時もレポートをしています。だから、米国政府、ロシア政府が何を行ったか良く知っていました。私は、過去日本政府が原子力関係の事故が起きた時にどのようにそれを扱ったかを本で読んでいました。緊急事態が起きた時、当局は法と秩序を維持することに腐心します。その秩序とは何でしょうか?秩序とは、その時の統治システムを守ることを意味します。3月11日の時点で日本政府の中心は、2人の弁護士でした。すなわち官房長官の枝野幸男氏と副官房長官の仙谷由人氏です。そして内閣総理大臣の菅直人氏はエンジニアの素養がありました。弁護士は、何をしたでしょうか?彼らはまさにその秩序中で出来る範囲の可能性を探求したわけです。彼らにとって秩序を維持するとは、どういうことだったのでしょうか? それは、原子力ムラを生存させ続けると言う意味での秩序だったわけです。さらにマスメディアにおいては、その状況において、政府の主張に従う以外、選択肢はありませんでした。これは日本のメディアに限ったことではないのです。2001年9月11日のテロリストによる攻撃の後、米国のメディアに何が起こったかを見ると良いでしょう。(1982年の英国とアルゼンチンとの間で発生した)フォークランド紛争においては、BBCは、何とかかろうじてアルゼンチンを称するのに敵国という言葉を使用することを避けるようにしました。

 

私は本能的に政府当局が守ろうとするものを知っています。だから私は政府を信用しないのです。当時私にとって最大の情報は、米国のオバマ大統領が在日米国人に対して、福島第1原発から半径80キロメートル以上の遠くに避難することを命じたことでした。それ以外に信用できる情報はありませんでした。日本政府は、嘘をつく方向にありました。私は3月16日までは福島第1原発から60キロ離れた郡山市に滞在しました。

 

それは(静岡県の)浜岡原発で何が起こるか不確定だという理由からでした。もし浜岡原発で、地震により何かが起こったならば、東京から北を目指して人々の大脱出が起こり、交通がマヒ状態になるだろうと考えました。浜岡原発の停止後、私は、福島第1原発から200キロメートル離れた群馬県に移動しました。

 

インタビュアー:秋山さんは、浜岡原発が、別の地震によって、問題を生ずると考えたわけですね。

 

秋山氏:そうです。私は浜岡原発は、本当に何かが起こると思っていました。福島では強い余震が毎日起こっていましたので、そう思いました。

 

インタビュアー:3・11後の日本における脱原発運動及び現在までのところその運動では、日本政府の原子力発電政策に何らの変更が無いという点において、運動は、失敗ではないのかと言えるわけですが、この点についてどう思われますか?

 

秋山氏:(今私が住んでいる)京都において、7月21日の参議院議員選挙において喜ばしい結果になったわけです。脱原発を主張する日本共産党が、議席を獲得したわけです。私は日本共産党は特に好きではありませんし、私は共産主義者でもありません。どちらかと言えば、私は赤と言うより黒でしょう(笑)。

 

しかしながら、参議院の京都選挙区に立候補した候補者の全員の選挙公約を読みましたが、日本共産党の候補者を除いて、誰も原子力発電所の再稼働に明確に反対していませんでした。よって、脱原発の声が、選挙結果として明確に有権者から意思表示されたわけなんです。しかしマスメディアは、有権者に情報を提供していません。彼らは、原子力問題をほとんど、運任せだと扱っています。

 

東京電力は、参議院議員選挙の後、福島第1原発からの汚染水が地下水に流れ込み、海に流れ込んでいることを発表しました。しかし、その情報は、すでに知っていたわけであり、これは(情報を隠したと言う点で)、メディアコントロールではないのでしょうか?だから今、私の最大のテーマは、日本の原発の再稼働を止めることなんです。

 

インタビュアー:首相官邸前や各地で行われている大規模なデモや福島の事故により多くの人々の生活が失われたり、損害を被っているにもかかわらず、原発は、将来的にも止まらないであろうと言う事実に対しては、どう思いますか?

 

秋山氏:私は自信をもって言えますが、原発は、最後には止まると思いますよ。私はそれは100年戦争だと思っています。その結果を作るためには、一般市民が脱原発の意思を発し続けることが必要です。回り道のように思われますが、それが唯一の方法なのです。私は多くの人々が脱原発を諦めていないこと、そして彼らが参議院議員選挙で山本太郎氏に東京選挙区では、投票したことに対して感銘を受けました。60万人以上の人々が彼に投票したわけであり、彼の支持者の大部分は若者であるわけです。

年をとった人々は、自分の(人生の)蓄積を守ることを考えます。彼らの大部分は秩序を維持しようとする側によって洗脳を受けています。そして多くの人々が付和雷同型です。その意味で、私には教育の場があるわけであり、学生を教える意義を見出しました。今日学生の大部分は、新聞は読まないし、テレビも見ません。新聞やテレビは洗脳用の道具です。彼らの大部分はインターネットでニュースをチェックするか、あるいはまったく何もしていません。

 

インタビュアー:社会のニュースに興味を持たない学生に対して、何か希望があるんですか?

 

秋山氏:マスメディアの影響を受けていない学生に対して、ゼロから教えると言うことに希望を見出しています。それは自分自身の顔に唾するように聞こえるかもしれません。何しろ私は、マスメディアの世界に30年間いたわけですから。しかしながら、私たち(国民)がマスメディアの考えを自分の考えだとすることは、恐ろしい行為であると思います。マスメディアは、市民(国民)自身が自ら考えようとする力を奪ってしまいます。そして市民(国民)をして、マスメディアの考え方にあった行動をさせようとするのです。

 

(後略)

 

 

 

<当会からのコメント>

 

(サバイバルのために)

当会事務局が、この掲載したインタビュー部分を読んで、まず印象に残ったことは、東日本大震災遭遇後の秋山氏の行動である。福島第1原発事故の情報が流される中で、彼は知人等の直接情報だけに依拠し、そしてとても素早い行動を取ったということである。

 

言うまでも無く、秋山氏は宇宙飛行士であり、宇宙飛行士はその訓練の中で、宇宙での緊急時の対処訓練を徹底して受けている。それは、冷静さを常に失わない訓練とも言えるものである。

 

実際、原文のインタビュー記事の別の個所では、秋山氏が宇宙飛行士になるに際して1986年のスペース・シャトル チャレンジャー号の事故が持ち出され、怖くなかったのかということをインタビュアーから聞かれている。

 

これに対して、秋山氏は、「生きている以上常に生命の危険とは隣り合わせである。」という趣旨の答えを述べているわけである。この言葉には、いつ再度大規模な地震が起こるかわからないという今の日本の状態の中で、生きている我々の冷静さへの指針が述べられているようにも思われるのである。

 

直接的に情報を取り、付和雷同することなく、自ら考え、機が熟したなら素早く行動する。秋山氏の東日本大震災後のサバイバル・メソッドの内容は、常に今の我々のサバイバル・メソッドになるように思われる。ちなみにインタビュー記事の原題はCautionary tales from one not afraid to risk allというものであり、これは和訳すれば「何物も恐れない者からの警告」という意味であるが、この何物も恐れないという彼への評価の前提は、前述の彼が述べた趣旨を象徴したものと言える。

 

(絶対安全こそ非安全)

もっともこの前述した別の個所のインタビューでは、秋山氏からは、さらにこの安全と危険に絡めて原発ムラに対する痛烈な皮肉も語られている。すなわち、生きている以上常に生命の危険とは隣り合わせであるということは、世の中には絶対安全というものなどエンジニア的には無いのであり、「原子力発電所は絶対安全であると言っていたこと自体が、非安全である証拠といえる。」という趣旨の発言が秋山氏からは述べられる。

 

確かにスペインの無敵艦隊の例を見るまでも無く無敵・絶対などと言う言葉はこれを言った段階で、それは逆に対象の弱さを認めないことに繋がるものである。よって絶対安全と言った段階で、すべての弱さを以降見ないことにしたのが、日本の原子力発電所の実際であったことがわかると言える。

 

つまり、原子力発電所の安全神話と言う命題こそが、エンジニア的にも弱さを見ていないということの証明だったわけであり、この見ない(いや見たくない)弱さを直撃されたのが、今回の福島第1原発事故の実態であろう。このことに何故我々がもっと早く気が付かなかったのか、後悔はつきないのものがあるといえよう。

 

(緊急事態が起きた時に)

事務局が、もう一つ注目する秋山氏のインタビュー内容は、同氏が緊急事態時の為政者の守ろうとするものの一つに「秩序」をあげ、この「秩序」とは、要するに為政者の既成行為を正しいものとして擁護する態度と捉えていることである。確かに、そのように見れば、3・11時点以降の民主党の幹部すなわち、インタビュー記事でも名前が出て来ている枝野幸雄氏、仙谷由人氏、菅直人氏らの行動は、為政者の既成行為(ここには原子力ムラを擁護してきたという既成行為も入る)を守るためだけに腐心した行為であったと捉えれば、極めて説明がつきやすいものなのである。

 

(「政治屋」だった民主党首脳)

しかしながら、これを認めた場合どうしても説明をつけなければいけないことは、彼らは少なくとも従前は野党の立場にいたのであり、あのような腐心が何故必要であったのかという疑問なのである。そしてこの質問への答えは、彼らの行動から見れば、これも明らかなものなのであり、それは彼らの本性は市民派でもなんでもなく、市民派と言う看板は、世に受け入れられるためだけのポーズであり、その実態は、原子力ムラを始めとするスポンサーにおもねるだけを元々の趣旨とする理念の無い「政治屋」だったということであろう。

 

今の日本の政治に対する不信は、政治家の掲げる看板が、このようにすべて羊頭狗肉であり、誰を何を信じれば良いのか分からないというところにあるのではなかろうか。その実態が如実に出ているのが、秋山氏の指摘するように政治家の選挙公約でもあり、このような状況に陥っていてもなお、原発の再稼働に対する自らの立ち位置を明瞭に示した候補者が参議院議員選挙では、与野党を通じて少数しかいなかったと言う事実は、ここにも誰を何を信じて投票すれば良いのかさっぱりわからない、取り残された有権者の姿が浮き彫りにならざるを得ないのである。

 

(自分で考えられない国民性)

日本人は、自分で考えると言うことがまことに苦手な民族である。苦手だからこそ、羊頭狗肉の政治、大事なことを主張しない政治においては、ますます何も考えない、考えたく無いと言うことで、政治への無関心が加速するのではなかろうか。そして、その中でも、あえて答えを求められれば、勢い意見というものの大勢につくことをまずは考える。インタビュー記事にあるような年をとった人々は、その大勢のメルクマールをマスメディアに求めるのである。

 

(マスメディアとスポンサー)

このことが何を意味するか?マスメディアも商売である以上、「政治屋」同様スポンサーにおもねる方程式が成立する業界であることは、福島第1原発事故以後の東京電力や原子力ムラに対する「メディア・ブラック・アウト」の状態が、如実に証明していると言えるであろう(当会はその実態に一人でも多くの方が気が付いていただけるように、スポンサードの影響を受けない、海外の報道を積極的に和訳・意訳して当トピックス欄に掲載してきているわけである)。

 

だとすれば、金の出し手が世論を作ると言うことになるわけであり、このことが行き着けば、「政治屋」との融合となり、秋山氏がインタビュー記事内で警告するマスメディアの意図通りに動く国民を作り出していくことになるわけなのである。

 

(日本のマスメディアの特性)

もともと日本のマスメディアには、記者クラブ制度というものがあり、情報マーケットでの競争というものが、抑制されてしまっているという到底先進国としては、考えられない実態がある。この記者クラブ制度については、原発推進を掲げるあの経団連の中でさえも、先進国の民主化のバロメーターとう意味でも似つかわしくないという批判的意見があるものであり、こういった、マスメディア自体の大政翼賛会的な報道姿勢が、スポンサー重視の報道姿勢と相まって、日本と言う国をとんでもない方向に持って行っているのではないかという危惧が、顕在化してきているのが、まさに今の時代ではないかと思われるのである。

 

(汚染水をどうするのか)

折しも、これもインタビュー記事中にあるが、福島第1原発の高濃度の放射性物質に汚染された汚染水問題は、日本のマスメディアは報道を相変わらず押さえている。しかし、実態は、今や国際問題の様相を呈してきており、一刻も早く汚染水の海への流出を止めないと日本が今までに築き上げてきた国際的信用は、一気に雲散霧消してしまいかねないぎりぎりの線を迎えるほど、大変なことになってきている。

 

(破滅を回避するために)

今一人一人が自ら考え行動すること、国民一人一人が早くこのことに気が付かなければ、この国の将来は本当に破滅しかなくなりかねないと思わざるを得ないのである。秋山氏は、日本のマスメディアは原発問題を(地震が起こるか起こらないかの)運任せの問題として捉えているという発言をしている。

 

言うまでも無く秋山氏は、自らが批判する大手のマスメディアにいた人であり、マスメディアの裏の裏も知り尽くしている人でもある。こういう人から、今、日本が国の威信の上からも、最優先で取り組まなければならない原発問題という政治問題に対して、古くは社会の木鐸と言われ、そして今や先進国においては第4の権力と言われるマスメディアが、「運任せ」と考え、国民を引っ張ろうとしているという実態を証言されるということは、極めて恐ろしい事態と言わざるを得ない。

 

そしてこのマスメディアの姿勢を受け、自らの国の将来を運任せにするなどと言う国家と国民にその将来が無いことも明らかであろう。矢沢永吉氏が言うように「原発問題で誰もケツを拭かない国に将来があると思いますか」という問いかけ同様、責任を取らないという無責任さは、加害者だけではなく、加害者以外の国民にもまた、今や国家と自らの将来を運任せにすると言う形で、蔓延しているのではないだろうか。この考えが、杞憂であって欲しいものなのである。

(平成25年8月14日事務局記)