<スイスインフォの報道から見る原発事故>

当会は、本年6月4日付のトピックス欄で、海外の国際放送からのインターネット上の日本語による情報を伝えてくれる貴重なサイトとして、「スイスインフォ」をご紹介させていただきましたが、今般同サイトに「フランス人学者の考察 原発事故は元に戻れない大惨事」
という記事が掲載されました。

 

記事内容は、短いのですが、原発事故の実態、そして今回の福島第1原発の事故が、今後日本と日本人を永遠に苦しめる由縁が示唆された記事ともいえ、多くの方にお目通しいただきたくご紹介させていただくとともに、当該記事を受けた当会のコメントを掲載させていただきたいと思います。

 

<記事に対する当会としてのコメント>

 

(除染は正しい対応なのか?)
 この記事を読んでいただくと、放射性物質に濃く汚染された場所は、永遠に元には戻らないということを残念なことではあるが、我々が受け入れなくてはならないということが、現実であり、今なさなければならないことは、その現実から逃避することではなく、それをどう、健康面・心理面に亘り、住民に居住の是非も含め、乗り越えさせるのかという問題だということがおわかりいただけると思います。

  聞くところによれば、飯館村一村に対して、除染関係の実質予算が7,000億円も用立てられることが進行中のようです。

  しかしこれが本当に正しいことなのかどうか?

チェルノブイリにおいては、あのソビエト正規軍を投入しても、成し遂げられなかった地域の除染という課題が単に一部の人間の利益のためだけに行われているのではないのか?この点を我々は検証する必要があるわけであり、もし今後も地域の除染が、これだけの予算をかけて行うのであれば、透明性をもった手続きが確保されるまずは仕組み作りが、インフラとして必要不可欠と考えます。

 

 そして、チェルノブイリの失敗を検証したうえで、それを乗り越えられる具体的方策なく、除染を実行することは、あってはならないことと考えます。

(カタストロフィーを超える惨事としての原発事故)
 英語で言う「カタストロフィー」という最悪の惨事を示す言葉をもっても、その表現にそぐわない、よりそれを超えた最悪の惨事が原発事故というものになるわけです。

 

 原発事故というものは、「元に戻れない」という意味で最悪なのであり、しかもこの「元に戻れない」という事象は、地域の環境だけではなく、人間関係、そして食物による内部被曝をも通して間断なく永続的に続くという意味合いで、人体内にも病気として、顕在化するものといえるわけです。

(計算できるリスクの詭弁)
 紹介記事において、フレデリック・ルマルシャン教授は、このようなカタストロフィーを超える大惨事は「計算できるリスク」に頼ることが原因だと述べていますが、当会は、平成24年9月17日付トピックス欄で、アニーガンダーセン氏の言葉の趣旨を引用し「原子力発電所には、安全と安価は両立しない」ということをお伝えさせていただきました。
 要は、この「計算できるリスク」理論は、安全と安価を両立させるために、世界の「原子力ムラ」(Newclear Establishment)が考え出してきた詭弁なのでありました。

(日本の司法機関における必然的変化)
 この言葉の意味にのってしまった一機関として、日本の裁判所があげられるわけです。原子力発電所に対する差止訴訟において、多くの日本の裁判所はこの「計算できるリスク」外のリスクを「抽象的リスク」としてまとめ、「具体的リスク」は無いとして、差止請求を認めてこなかったというのが実態でした。
 しかしながら、今やこの「計算できるリスク」外のリスクが福島第1原発事故で具体化してしまったものです。
 このことは、少なくとも日本の裁判所においても、今後は、「計算できるリスク」外のリスクであっても「具体的リスク」として捉えざるを得なくなったことで、実は「安全と安価が両立しない」原子力発電所において、その将来性を司法自体としても、理論的には否定せざるを得なくなったという重大な事実を当会は、指摘をしておきたいと思います。
 こういった点も、9月14日の日本政府による2030年代の原発ゼロ政策の内容に繋がっていると当会としては考えています。

(フランスの姿勢の変化)
 なお、フレデリック・ルマルシャン教授は、記事中でフランスの原子力政策に現状変更が無いということを述べています。

 しかしながら、日本ではほとんど報道されていませんが、このインタビュー記事が掲載される調度同じ日にサルコジ大統領の後を襲ったオーランド大統領が、フランスの発電における現在の原子力発電の比率78%を将来的に50%に落とすことを発表しています。
 世界の原子力発電の最大の推進国であったフランスが、その縮小を宣言したということは、今後の世界における原子力発電の行方に大きな影響を与えることは必至といえましょう。

(ビターな1日としての9月14日)
 いみじくもこの日は、日本政府による2030年代の原子力発電ゼロ政策が発表された日でもあり、この日すなわち9月14日は世界の「原子力ムラ」(Newclear Establishment)にとって、大変ビターな1日であったと言えるのではないでしょうか。
 その意味でも、この9月14日という日は、歴史の転換点の日であったという評価を後世から受ける可能性を当会としては指摘しておきたいと思います。


(平成24年9月26日事務局記)